インタビュー
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榎木孝明
榎木孝明
えのきたかあき : 1956年、鹿児島県出身。武蔵野美術大学デザイン科に学んだのち、劇団四季に入団。’81年、「オンディーヌ」で初主演を果たす。’83年に劇団四季を退団後、’84年のNHK朝の連続テレビ小説「ロマンス」の主演でTVデビュー。以後、映画「天と地と」(90)、TV「浅見光彦シリーズ」(95〜02)、NHK大河ドラマ、舞台などで活躍。絵と旅を好み、アジア各地を中心に世界の風景を描き続けている。
聞くところによると、脚本を読んでかなり涙を流されたそうですね。
古村とあかねが島に向かう最後のシーンですね。今まで数々の映画やドラマに携わってきましたが、何回読んでも泣いてしまう脚本って珍しいんですよ。いつも思うのは、制作者側の気持ちが動くことが映画としての表現につながっていくと思うんです。言い換えれば、僕たちの気持ちが動いて初めて、伝えたいことが観客に伝わるような気がしていて。脚本を読んで、人生を諦めかけていた古村があかねと出会って目覚めていく過程には、僕も相当心を動かされました。脚本家の児島(秀樹)さんにとっても自信作になったんじゃないでしょうか。
あかね役の桐島さんの印象はどうでしたか?
前から知ってはいましたが、肝が座っていてちょっと珍しいタイプの女優さんだなと思います。今回のあかね役には、彼女の少し天然な性格がピタッとはまった気がしますね。女優としては非常にいいスタートが切れたんじゃないでしょうか。
榎木さんは鹿児島ご出身ですが、九州でこうした映画が撮られることについてはどう思われましたか。
とても喜ばしいことですよね。今回は熊本の人吉が快く引き受けてくれましたが、題材が題材なので、全国どこでも撮ることができる映画ではあったと思うんです。地方でロケをする映画はたくさんあるものの、地元の理解を得られないままスタートしてしまうケースも中にはあって。そういう意味で、今回の作品は、プロデューサーをはじめとしたスタッフが地元を大事にしている空気感がこちらにも伝わってきました。現地の方々もたくさんエキストラ出演されていますしね。こうした映画は、地元の人に“自分たちの映画”と思ってもらうことが何より大事なんです。
映画を観ていると、古村の姿を通して、限られた時間をどう過ごしたらいいかを考えさせられます。
終末医療は現代の大きな課題です。私自身、2015年に30日間の不食生活をしたんですが、段階的に、次は“人間の生と死”について考えていきたいと思っていて。前から興味はあったんですが。
ということは、生と死を扱う看護師というものに対しても昔からご興味はありました?
そうですね。私の母親も医療施設に入っていたりといろいろ見てきてはいるので、今回の映画にも違和感なく入り込めました。それに学生たちの実習には毎日様々なドラマがある。人間の生と死に真摯な気持ちで向かい合うか、単に仕事として割り切るかの違いは大きいと思いますが、看護師には過酷なだけじゃない、こんな素敵な側面もあるんだということをひとりでも多くの方に知ってもらえたらと思います。
最後に、これから映画をご覧になる方にメッセージをお願いします。
極端な言い方かもしれませんが、人は誰でも、生まれた時から死に向かって生きていると思うんです。その事実をきちんと受け止めながら送る人生のほうが、何も考えずに過ぎていく人生よりもよっぽど豊かだと思うんです。老いと死は確実にやってくるからこそ、過去や未来ではなく“今”を生きること、“今”を楽しむこと———この映画から、そんな思いを汲み取ってもらえたら嬉しいですね。
© 2015「スクール・オブ・ナーシング」製作委員会

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